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土地不動産市場は、今までのマニュアルが通用しない全く新しい時代に入った。
今までの私たちは、歴史的にも、国際的にも、実に幸運で特異な時代を経験してきたのだ。
九八年六月現在、日本は戦後最大の不況に苦しんでいる。 経済企画庁の発表によると、九七年度は〇・七%のマイナス成長となった。
バブル崩壊の後七年たっても、経済の先行きは不透明で、閉塞感が国民のあいだに漂っている。 その最大の原因は、バブルの後遺症である膨大な不良債権が、解決の自作通しもなく、経済成長を飲み込んでしまうブラックホールになっているからである。
このままでは、いくらあがいてもバブルの後遺症から脱却できない。 経済社会に大きな櫨遁的転換が進む中で、世の中の先行きがどんなものか、これまでの繁栄の世の中に回帰できるのかできないのか、誰もがよくわからないのである。
官僚も銀行経営者も機能不全を起こして、シナリオを描けなくなっている。 シナリオがないから政治家は踊れない。
経済社会の撞渥転換の先にどんな社会があるのか、二一世紀には二〇世紀より豊かになれるのか、すべての日本人が先行きに漠然とした不安をもっている。 日本の経済の構造が激変。
これまでの制度、システムは機能しなくなった。 バブルの崩壊によって、土地不動産に限らず日本の経済社会全体に大きな構造的転換が起ころうとしている。
二〇世紀後半の高度経済成長は完全に終息して、成熟、安定の時代、16見方によっては停滞、低迷の時代に入ったということができるのである。 二〇世紀後半、高度経済成長の始まりの一九五五年からバブル経済が崩壊した一九九五年までの四〇年間に、日本経済は名目で二%、実質で六%の成長を続けてきた。
経済規模は名目で五〇倍、実質で一〇倍に拡大して、今や世界第二位の経済大国に成り上がった。 右肩上がり経済、土地神話はその象徴である。
この四〇年間、この経済成長があったからこそ、財政も国民資産も、建設投資も一〇%を超える伸びを維持できた。 我々は、歴史的にも国際的にも、実に幸運で特異な時代を経験してきたのだ。
しかし、これをいつまでも続けることは不可能である。 三世記間半の四〇年は、これまでの四〇年とは全く違う時代になるだろう。
少なくとも、経済の成熟化、人口の減少、高齢化が進み経済成長は大きく鈍化することはまちがいない。 これまでの四〇年間をみても成長率は年々低下していたのであるが、バブルの崩壊後は、高度経済成長期に実質一〇%を超えていた成長率が一%を切ってしまった。
おそらく、長期で見たときのニ一世紀の成長率は、一%~二%台にとどまるであろう。 四〇年間で卦量すると、一0%と二%では決定的な格差が生まれる。
一〇%の成長が続いたこ〇世紀後半の四〇年には、経済規模は五〇倍に拡大した。 しかし、二%の成長であればニ一世起前半、同じ期間に経済規模は二倍にしかならない。
何と四〇年間のGDPの増化分の累積を比較した場合では二五倍の差が生じるのである。 これからの時代には、これまでの一〇%の成長を前提にした制度、システムは機能しないのだ。
一九八七年の「ブラックマンデー」に、株価は急落した。 ドイツはここで方向転換した。
日本もこの時点で適切な対応をしていれば、ここまで問題は大きくはならなかったのである。 バブルとはいったい何だったのか、その発生と崩壊を再検証する。
「バブル」という劇はいま、終駕の時期を迎えている。 「後始末」という長い最終幕が始まったのだ。
一九八五年頃から一九九八年までの二二年間は、六年間の地価高騰、七年間の地里山落と、まれに見る大変動の時代であった。 企業にも個人にもさまざまな悲劇喜劇のドラマが生まれた。
どんな時代であったのか、もう一度振り返ってみよう。 都心の地価は、一九八五年頃から都心商業用地の地上げを契機にして急速に上昇し始めた。
その原因は土地投機が始まったからである。 しかし、当初は、都心がニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際金融輩巾に成長し、外国からたくさんの金融機関や企業が都心の中心市街地に参入して、オフィスビル需要が高まるということが喧伝され、実需が地価上昇の理由とされていた。
金融緩和のうねりの中で大量の資金が都心商業用地の地上げのために投入された。 内需拡大、円高誘導という大義名分による超金融緩和が、一九八五年のプラザ合意以来一九九〇年まで五年も続いたのである。
東京都心の地価は五年で一〇倍にも高騰した。 バブルのピーク時、丸の内の地価は一坪一億円を超えた。
銀座も同様であった。 ちなみに「坪一億円」とはどういうことかというと、一坪の土地の上に一万円札を敷きつめて四〇枚ずつ積み重ねるとちょうど一億円になる。
この絵を頭に思い浮かべてみれば、その法外さ、途方もなさが少しは実感できるのではないだろうか。 一九八三年から一九九七年までの東京圏の地域ごとの地価水準の推移を示したものである。
八六年、八七年にかけて東京都区部の地価は年率八〇%を超える上昇を示し、その勢いは八八年には東京圏全体に拡大して、周辺地域の地価が急上昇した。 そして、それは二年遅れて大阪圏、名古屋圏に波及していく。
一九八七年の十〇月十九日、いわゆる「ブラックマンデー」に株価が急落した時点で、都心の地価上昇は、投機の骨造から考えてみても限界に達していた。 この時期に適切な対応があれば、巨大なバブルはここで終息したはずであった。
しかし、対米協調を第一とする政府の経済政策は、この時点でさらなる低金利政策を採り、公定歩合を史上最低まで引き下げ、それから三年余り投機が進むままに任せてしまった。 あまつさえ、政府自らがN株の発行や天皇陛下在位六〇年記念金貨などのバブル商法に狂奔してしまったのである。
いわば、政府が胴元で銀行がディーラーのカジノ経済を行っていたといってよかろう。 株価は熱狂的に上昇を再開して、地価と株価の上昇がつるみ合って巨大なバブルをつくり出していった。
八九年から九〇年にかけてバブル崩壊の動きが見え始めていたが、なお日経平均株価は四万円になると宣伝され、地価高騰は都心圏から地方圏に拡大していった。 沈まぬ日本経済、ストック経済の時代などと夜郎自大な風潮がますます強くなっていった。
財テクをしない企業は石頭だと、マスコミもエコノミストも全員がこの危険な風潮を煽りたてたのだ。 八九年から九〇年、バブルが発生してから五年もたつた時点で、危険を察した日銀大蔵省は、金利の引き上げ、不動産融資の総量規制などの対策をようやく打ち出し、バブルは一挙に崩れた。
しかし、それは余りに遅すぎたのである。 住宅価格バブルの中で、住宅価格は異常に上昇していった。
東京圏のマンションの分譲価格は一九八四年に東京圏の平均で一九九二万円、東京都区部で二一四六万円だったものが、九〇年には東京圏平均が六一二三万円、都心部で八四八一万円と、五年間で三・一倍、東京都心部で四倍に上昇してしまった。 勤労者の平均年収の一〇年分を超える価格であり、一戸建てなどは天文学的価格になってしまったのである。
これでは住宅市場が健全に機能するはずはなかった。 オフィスビル不足が故意に宣伝されて、都心のビルの空室率は〇・二%、希望のビルに入居するのに何年もかかるといわれた。
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これまでの制度、システムは機能しなくなった。 バブルの崩壊によって、土地不動産に限らず日本の経済社会全体に大きな構造的転換が起ころうとしている。
二〇世紀後半の高度経済成長は完全に終息して、成熟、安定の時代、16見方によっては停滞、低迷の時代に入ったということができるのである。 二〇世紀後半、高度経済成長の始まりの一九五五年からバブル経済が崩壊した一九九五年までの四〇年間に、日本経済は名目で二%、実質で六%の成長を続けてきた。
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この四〇年間、この経済成長があったからこそ、財政も国民資産も、建設投資も一〇%を超える伸びを維持できた。 我々は、歴史的にも国際的にも、実に幸運で特異な時代を経験してきたのだ。
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少なくとも、経済の成熟化、人口の減少、高齢化が進み経済成長は大きく鈍化することはまちがいない。 これまでの四〇年間をみても成長率は年々低下していたのであるが、バブルの崩壊後は、高度経済成長期に実質一〇%を超えていた成長率が一%を切ってしまった。
おそらく、長期で見たときのニ一世紀の成長率は、一%~二%台にとどまるであろう。 四〇年間で卦量すると、一0%と二%では決定的な格差が生まれる。
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一九八七年の「ブラックマンデー」に、株価は急落した。 ドイツはここで方向転換した。
日本もこの時点で適切な対応をしていれば、ここまで問題は大きくはならなかったのである。 バブルとはいったい何だったのか、その発生と崩壊を再検証する。
「バブル」という劇はいま、終駕の時期を迎えている。 「後始末」という長い最終幕が始まったのだ。
一九八五年頃から一九九八年までの二二年間は、六年間の地価高騰、七年間の地里山落と、まれに見る大変動の時代であった。 企業にも個人にもさまざまな悲劇喜劇のドラマが生まれた。
どんな時代であったのか、もう一度振り返ってみよう。 都心の地価は、一九八五年頃から都心商業用地の地上げを契機にして急速に上昇し始めた。
その原因は土地投機が始まったからである。 しかし、当初は、都心がニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際金融輩巾に成長し、外国からたくさんの金融機関や企業が都心の中心市街地に参入して、オフィスビル需要が高まるということが喧伝され、実需が地価上昇の理由とされていた。
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銀座も同様であった。 ちなみに「坪一億円」とはどういうことかというと、一坪の土地の上に一万円札を敷きつめて四〇枚ずつ積み重ねるとちょうど一億円になる。
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東京圏のマンションの分譲価格は一九八四年に東京圏の平均で一九九二万円、東京都区部で二一四六万円だったものが、九〇年には東京圏平均が六一二三万円、都心部で八四八一万円と、五年間で三・一倍、東京都心部で四倍に上昇してしまった。 勤労者の平均年収の一〇年分を超える価格であり、一戸建てなどは天文学的価格になってしまったのである。
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